人を中心にした“まちづくり”

多摩源流の小菅村から下流へ広がる、住民まるごとホテルの村づくり

東京都の奥多摩湖からさらに上流にさかのぼった多摩源流域に、約600人の村民が暮らす山梨県小菅村があります。この小さな山村に、2019年、古民家をリノベーションした宿泊施設「NIPPONIA 小菅 源流の村」が開業しました。「村まるごとホテル」をコンセプトに、村を挙げたおもてなしや村に暮らすような宿泊体験が話題となり、年間約2,000人が訪れる人気の宿に。「地域まるごと」の取り組みは過疎化が進む村を活性化し、さらには隣接する奥多摩・青梅地域にも広がり、多摩川流域の活性化へと発展しています。

「地域まるごと」の地方創生とは? 小菅村の村づくりと、奥多摩・青梅地域で進行中の取り組みを通してご紹介します。
(取材時期:2025年3月)

目次

「多摩源流の村」をキーワードに村づくりを推進

山梨県の東北端に位置する小菅村では、1950年の2,200人をピークに人口が急速に減少。過疎化を食い止めるため、村が着目したのが「多摩源流の村」の価値でした。2012年に小菅村の村長に就任した舩木直美さんは、村づくりの経緯を次のように話します。

山梨県小菅村 村長 舩木直美さん

「村内には多摩川源流の小菅川が流れ、東京都が管理する水道水源林もあります。きれいな水は村民の誇り。源流に住む者として、きれいな水を下流に流そうという思いが昔から根付いています。1982年から下水道整備に着手し、小規模な自治体ながら下水道普及率100%を実現したのも、その表れです。源流の価値を首都圏の下流域にアピールし、上下流の交流を通した地域活性化を図ろうと、『多摩源流の村』をキーワードに村づくりを始めたのは1987年のこと。毎年5月には流域住民との交流イベント『多摩源流まつり』を開催し、首都圏の大学と連携して年間1,000人以上の学生を受け入れるなど、流域住民との交流を重ねてきました」(舩木さん)

こうした取り組みにより、源流らしい村づくりが村内に浸透。小菅村の認知も広がりましたが、人口減少には歯止めがかからず、人口は最盛期の1/3にまで減少。村は存続の危機に瀕します。

「転機は2014年。小菅村と山梨県大月市を結ぶ松姫トンネルが開通し、山梨県側からのアクセスが劇的に向上したのです。観光客の増加を見込み、これを機にトンネル出口付近に道の駅をつくって、地域活性化の起爆剤にしたいと考えました」(舩木さん)

道の駅のプロデュースを委託されたのが、株式会社さとゆめ。「ふるさとの夢をかたちに」を掲げ、伴走型の地方創生コンサルティングを行う会社です。「舩木村長の『これ以上人口が減ったら村がなくなってしまう。道の駅は村存続の切り札なんだ。力を貸してほしい』という真剣な言葉に心打たれ、できるだけのことをやろうと決めました」と、さとゆめ代表取締役社長の嶋田俊平さんは振り返ります。

株式会社さとゆめ 代表取締役社長 嶋田俊平さん

嶋田さんがめざしたのは、“わざわざ行きたくなる”目的型の道の駅。川魚やわさびなどの源流の幸とイタリアンを組み合わせた「源流レストラン」を目玉として、2015年3月に「道の駅こすげ」がオープン。開業当初から行列ができるほどの人気の道の駅となりました。

「道の駅こすげ」の源流レストランとヤマメのモニュメント

小菅村の特産品を購入できる物産館

源流レストランのテラス席からは小菅村の景色が見渡せる

道の駅をきっかけに、小菅村とさとゆめのパートナーシップが本格的に始動。舩木村長から村づくりのプロデュースを託された嶋田さんは、「人口700人を維持する」目標のもと、小菅村情報サイトの立ち上げや「こすげ村人ポイントカード」の導入、「ゾンビ村コスゲ」開催など、関係人口を増やすユニークな施策を次々と展開。メディアの露出も増え、小菅村が全国から少しずつ注目されるように。2014年から2018年の5年間で観光客数は2倍に伸び、移住者も増加。ベンチャー企業も5社誕生するなど、風向きが変わり始めます。

村の畑道も村民もホテルの一部。「村まるごとホテル」とは?

観光客が増加し、問題となったのが宿泊施設の不足です。舩木村長から「宿泊施設をつくってほしい」と命を受け、嶋田さんが目を付けたのが「分散型ホテル」。地域に点在する施設を活用し、一つのホテルとして運営する宿泊形態です。ヒントとなったのは、兵庫県丹波篠山市にある「篠山城下町ホテルNIPPONIA」。城下町篠山の町内に点在する空き家を客室に改修し、一体運営しています。

「この形態なら新しい建物を建てて村の景観を損なうこともなく、村で問題となっている空き家の活用にもつながる」。そう考えた嶋田さんは、NIPPONIAブランドを運営する株式会社NOTEの藤原社長を小菅村に招き、分散型ホテルについての講演会を開催。700人の村で100人の村民が参加し、村民も空き家活用に高い関心があることが分かりました。

手応えを感じた舩木村長と嶋田さんは、分散型ホテルの事業化へと進みます。さとゆめ、舩木村長が社長を務める株式会社源、株式会社NOTEの3社でホテル運営会社・株式会社EDGEを設立し、嶋田さんが代表取締役に就任。村民に「大家」と呼ばれ親しまれてきた村の名家「旧細川邸」をリノベーションし、2019年8月、「NIPPONIA 小菅 源流の村」の開業にこぎつけました。

かつては来村した要人が泊まる場所だったという大家の部屋は、リノベーションによって「NIPPONIA 小菅 源流の村」のスイートルームに

スイートルームから眺められるプライベートガーデン

土間と台所だった大家の一角も心地の良い客室に

ホテルの最大の特徴は、「村全体が一つのホテル」というコンセプト。村の道をホテルの廊下、温泉施設「小菅の湯」をスパ、道の駅をラウンジ、村の商店をホテルのショップ、村人はキャストというように、村をまるごとホテルに見立てる考え方です。その意図を、番頭の降矢拓磨さんはこう説明します。

「NIPPONIA 小菅 源流の村」番頭 降矢拓磨さん

「お客さまは『NIPPONIA 小菅 源流の村』を目的に小菅村を訪れる方がほとんどです。ホテルをきっかけに、村の自然や食、人と出会い、村そのものを楽しんでいただいて、小菅村のファンになってもらう。それがこのホテルの役目なのです」(降矢さん)

宿泊客に村の魅力に触れてもらえるよう、ホテルではさまざまな仕掛けを用意しています。その一つが、村民が村を案内する「こすげ散歩」。チェックイン後、村民と一緒に村を散策するアクティビティです。案内役を務めるのは、ホテルの近所に住む佐藤英敏さん。

お散歩ガイド 佐藤英敏さん

「散歩では、山に囲まれた小菅ならではの急斜面にある畑道や、夕食にも提供される岩魚やヤマメの養殖場、地元の神社など、観光では訪れないような場所をご案内しています。村の暮らしの苦労話や思い出話も交えながら、村の生きた姿をお伝えするようにしていますね。私たちの日常は、お客さまの非日常。楽しかったと喜んでいただけるのがうれしいです」(佐藤さん)

佐藤さんのような村民によって、ホテルは成り立っているのだと降矢さんは言います。案内役や送迎、地元食材の提供、客室の生け花など、村民はさまざまな形でホテルに関わっています。ホテルスタッフでなくても「いらっしゃい」「どこから来たの?」と声を掛け、温かく迎えています。中には、道に迷った宿泊客を軽トラックで部屋まで送り届けてくれる村民も。こうした協力を得られているのはなぜでしょうか?

「人に優しく、村のためにできることは何でもしたいという村民性によるところが大きいですが、ホテルの取り組みを理解してもらうための関係づくりを大切にしていることも大きいと思います。開業5周年の節目には、村民の皆さんへの感謝を込めて、ホテルで村民感謝祭を開催し、村民の半分にあたる約300人が参加してくださいました。感謝祭をきっかけに、何か手伝えないかと声を掛けてくださる方や、畑で採れた野菜をレストランに届けてくださる方など協力者がさらに増え、村を挙げたおもてなしが広がっています」(降矢さん)

村民に大家と呼ばれ親しまれてきた築150年の「旧細川邸」

「NIPPONIA 小菅 源流の村」は客単価が3〜4万円と高価なこともあり、開業前は「本当に人が来るのか」と村民から不安の声もあったそうですが、今では国内外から年間約2,000人が訪れる人気の宿泊施設に。「宿泊客が村内を回遊するため、ホテルだけでなく村全体が活性化している」と舩木村長は笑顔を見せます。また、5年間空き家だった大家の再生も、村民にとって大きな喜びだったそうです。

かつて村民が集まった大家の居間は、現在は宿泊客が集うラウンジに

「大家は、まだテレビが珍しかった時代には村民が集まってテレビを見たり、結婚式が行われたりと、村民の思い出が詰まった場所だったと聞いています。当時を知る村民の方々から『大家が朽ちていくのを見るのは忍びなかった、きれいにしてくれてありがとう』『大家に明かりが灯るようになってうれしい』と喜んでいただいた時、このホテルをつくって本当に良かったと思いました」(嶋田さん)

「村まるごと」から「沿線まるごと」へ。多摩川流域に広がる「まるごと」ムーブメント

過疎の村にあって、村人みんなでもてなす「NIPPONIA 小菅 源流の村」。そのユニークな取り組みに強い関心を寄せたのが、JR東日本八王子支社です。実はJR東日本も小菅村同様の課題を抱えていました。八王子支社が管轄する青梅線(立川駅〜奥多摩駅)沿線は、過疎化で乗客数が減少しています。沿線を活性化すべく、2018年より青梅駅から奥多摩駅間を東京の秘境を楽しめる「東京アドベンチャーライン」としてブランディング。イベントを中心に活性化を図るも、一過性のにぎわいにとどまるのが悩みでした。そんな中、奥多摩よりもさらに山奥の小菅村にユニークな宿泊施設が開業したと聞きつけ、視察へ。その時の印象を、JR東日本八王子支社の会田均さんはこう語ります。

JR東日本八王子支社 地域共創部マネージャー 兼 沿線まるごと株式会社 取締役 会田均さん

「まず感動したのは、村のおばあちゃんが『いらっしゃい』と声を掛けてくれたことです。村民のお散歩ガイドさんと村内を散策したことも、里の情緒を感じられる素晴らしい体験でした。村人みんなが客をもてなし、村そのものをコンテンツとして楽しんでもらう。この地域まるごとの取り組みを東京アドベンチャーライン沿線でも展開できないかと、嶋田さんにご相談したんです」(会田さん)

青梅線沿線の奥多摩町と青梅市は、小菅村と多摩川でつながる地域。青梅線との連携は「多摩川下流から上流へ人の流れをつくる」という小菅村の村づくりと合致します。嶋田さんと会田さんは議論を重ね、「地域伴走のノウハウがあるさとゆめと、自治体を超えるインフラ会社のJR東日本が協業すれば、大きなムーブメントを巻き起こせる」と確信。両社は共同出資で沿線まるごと株式会社を設立し、立ち上げたのが「沿線まるごとホテル」事業です。

東京アドベンチャーラインの鳩ノ巣駅

鳩ノ巣駅舎内に沿線まるごと株式会社のオフィスがある

沿線まるごとホテルは、東京アドベンチャーライン沿線をまるごとホテル化するプロジェクトです。駅舎をフロント、集落の空き家を客室、沿線の住民をホテルのキャストに見立て、集落や駅ごとの魅力を楽しめるツーリズムを提供します。

「沿線に点在する魅力的なコンテンツを東京アドベンチャーラインが線でつなぎ、沿線まるごとホテルで地域という面に広げる。そうすることで、沿線から地域へと興味を広げていただけるようになります。白丸駅でわさび田ツアーを楽しみ、次は沢井駅で酒造見学、その次は二俣尾駅でラフティングというように、駅を替え日を替え、何度も通って楽しんでいただける沿線をめざしています」(会田さん)

沿線まるごとホテルの事業化に不可欠なのが、地域の協力です。現在、奥多摩町、丹波山村、青梅市、小菅村の4つの自治体、20以上の事業者と協業。森林セラピストやガイド、食材提供する農家の方など協力してくれる住民も増え、「まさに地域まるごとホテルになりつつある」と会田さん。

「JR東日本とは異なり、沿線まるごと株式会社は非力で小さな会社です。おかげで、どこへ行っても『一緒に頑張ろう、地域を良くしていこう』と応援協力してもらえます。“まるごと”という言葉もいい。鉄道だけでなく、まるごとやるのか、と受け入れてもらいやすいですし、『まるごとだから自分も含まれるの』と自分事として受け止めてもらえる。まるごとには、問答無用でみんなを巻きこむ吸引力があります」(会田さん)

多摩川上流を眺めながら食事が楽しめる「Satologue」のレストラン「時帰路(TOKIRO)」

奥多摩の木材を使用する本格的な「Satologue」の薪サウナ「風木水(FUKISUI)」

多摩川のせせらぎを聞きながら外気浴ができる「ととのいの場」

2024年5月、宿泊棟に先立ち、古民家を改修したレストランと倉庫を改修したサウナがオープンし、2025年5月にはいよいよ宿泊棟がオープン。ホテル名は「Satologue(さとローグ)」。里の物語をつむぐ、という意味が込められています。そんな沿線まるごとホテルに、小菅村長の舩木さんも大いに期待しています。

「観光は点ではなく広域で取り組むことが大切。だから今回のような連携は絶対に必要です。青梅線沿線が活性化すれば小菅村にも波及します。小菅村もそのまわりもみんな元気になれば、日本が元気になる。そんな流れを多摩川流域の皆さんとつくっていきたいですね」(舩木さん)

レストラン棟の横に宿泊棟がオープン

敷地の川沿いではワサビ田などでレストランで使う食材を栽培

走者が行政から民間へバトンタッチ。第二章の始まり

小菅村が多摩源流の村づくりに取り組み始めてから30年以上が経った今、小菅村には「NIPPONIA 小菅 源流の村」を運営するEDGEをはじめ、ドローンやクラフトビールブルワリーなどさまざまな新興企業が進出。若い世代の移住者も増え、それぞれが村を盛り上げています。10年にわたり小菅村に伴走してきた嶋田さんは、今の小菅村をどう見ているのでしょうか。

「舩木村長のトップダウンによる行政主導の地方創生を経て、ここ5年で民間主導の地方創生に移行し、物語でいえば小菅村は今、第二章。ターニングポイントは『NIPPONIA 小菅 源流の村』です。走者が行政から村民、民間にバトンタッチされ、地域が自走する理想的な流れが生まれました。源流の村づくりのたゆみない取り組みと、夢と熱意を持つ舩木村長のリーダーシップがあってこそです」(嶋田さん)

最後に、嶋田さん、会田さん、舩木さんに今後のビジョンを伺いました。

「舩木村長といつも話しているんです。いつか流域まるごとホテルをつくれたらいねって。それこそ下流の羽田まで囲うような、大きなうねりを生み出していきたいですね」(嶋田さん)

「目標は、地域まるごと事業の確立です。2040年まで全国の30沿線で展開し、その成功モデルを海外に輸出するという野望があります。地方創生の在り方に対する一つの回答を、多摩青梅から発信したいです」(会田さん)

「今も崖っぷちに変わりありませんが、そんな中でも、村民の皆さんが『小菅村に住んで良かった』と思える村を、村民の皆さんと一緒につくっていきたい。それが夢です」(舩木さん)

多摩川流域で広がる「村まるごと」「沿線まるごと」の取り組みに、今後も要注目です!